明治三十七年八月、第一軍は東方から、第二軍、第四軍は南方から遼陽に迫った。日本軍は総勢13万。これに対してクロパトキンは遼陽周辺に防御陣地を構築し、約23万の兵力で迎え撃った。
八月二十四日、第一軍が進撃し、紅沙嶺、孫家塞、高峰寺一帯の敵陣地に対する攻撃を開始した。二十六日には第二師団が弓張嶺を夜襲攻撃し、敵陣地を占領。さらに第十二師団が紅沙嶺を攻撃してロシア第三十一師団を退却させた。
一方、第二軍、第四軍は二十六日に行動を開始し鞍山站に迫った。しかし、ロシア軍主力はこの地での決戦を避けて首山堡に退いたため、二十七日には軽戦によって占領することができた。
二十八日、第一軍が再び進撃を開始し、第十二師団が双廟子から英守堡にいたる一帯の高地を占領。翌二十九日には近衛師団、第二師団が大石門嶺、孟家房南方高地へ進出した。
この頃、好古率いる騎兵旅団は歩・砲・工の各種部隊を臨時編入して「秋山支隊」を編成。第二軍左翼より遼陽に向かって北上していた。秋山支隊は首山堡西方まで長躯進入し、三十日には王仁屯を占領。砲撃によってロシア軍右翼の東狙撃砲兵旅団に大損害を与えた。これに対してロシア軍はグルコ大佐率いる騎兵部隊に秋山支隊の攻撃を命令。両軍の騎兵は烏竜合〜王仁屯周辺で衝突した。
三十日未明、第二軍、第四軍は首山堡塁に対して攻撃を開始した。しかし、強固な陣地に阻まれて苦戦し戦線は膠着。三十一日には後に軍神と呼ばれた橘周太が壮絶な戦死を遂げた。
この戦況を打開するため、第一軍は三十日夜からひそかに太子河の渡河を開始。遼陽東方の敵側面に回り込むことに成功し、九月一日には 第二師団が饅頭山を、第十二師団が五頂山を占領した。
側面に展開した第一軍によって退路を絶たれることを危惧したクロパトキンは、第二軍、第四軍と対峙させていた部隊を第二防御線へ撤退させ、その一部を遼陽東方へ投入。苦戦していた第二軍は退却を始めたロシア軍を追撃しつつ首山堡一帯を占領することができたが、今度は第一軍が敵の猛攻を受けることになった。
ロシア軍は二日から第一軍への攻撃を開始し、午後には饅頭山を占領した。しかし夕刻から第二師団が反撃に転じ、午後八時にはロシア軍から饅頭山を奪還した。翌三日も饅頭山の守備隊はロシア軍の猛攻を受けたがこれを撃退。第一軍は東方の戦線を維持し続けた。
その後も各方面共に戦線は膠着状態であったが、クロパトキンは奉天方面での決戦に期待して四日には全軍に撤退を命令した。日本軍は退却するロシア軍を追って遼陽に入城したが、戦力の消耗が激しかったために追撃を断念。こうして日露両軍による初めての主力決戦は終結した。
戦闘中の近衛歩兵第三連隊第六中隊
遼陽南東の高地から砲撃を行う第一軍独立野戦砲兵
新立屯西方のロシア軍堡塁とそれを見下ろす日本兵
新立屯東南高地のロシア軍防御陣地
首山堡西方高地で休息中の歩兵第六連隊
瀋陽(奉天)へ向かう列車の車窓から見た、日露戦争100年後の首山(写真左側)。
8月30日、第四軍は首山堡東方のロシア軍陣地を攻撃した。しかし、砲弾不足に悩まされて敵陣地を十分に破壊することができないので、突撃部隊の損害は増えるばかりであった。「そうこうするうちに、遙か後方に縦列が通る。それは第一軍の砲兵弾薬縦列だった。いい按排だというわけで、とにかくこんな状態だからと訴えて、ねだって弾を横取りした」と、第四軍参謀の町田經宇が戦後の座談会で語っている。
遼陽会戦の三ヶ月前、戦場に向かう第二軍司令部の輸送船八幡丸では上甲板から下甲板までを床で四つに区切り、そこに馬を何十頭も乗せていた。ある夜、船内の見回りをした橘周太は「下甲板の馬が上甲板の馬が落とす大小便で苦しんで死にかけている。何とかして助けてやってほしい」と船長と談判していた。この様子を見かけた海軍の上泉徳彌は、「夜中に馬の小便だらけの梯子をつかんで船の一番底まで見回り、馬が苦しんでいるのを見て、それを何とかしてくれと船長と談判していたのです。そんなに行き届いた人はなかなかいるもんじゃない。陸軍には偉い人もいるものだと思った。その人が後に大隊長となり、首山堡で戦死して軍神となられた。八幡丸で三十日ほど一緒にいたが、実に立派で、口数も少なく落ち着いた人であった」と後に回顧している。
元会津藩家老で「鬼官兵衛」と呼ばれた佐川官兵衛(会津戦争後に警視庁に出仕し、西南戦争で戦死)の息子 直諒は、歩兵中隊長として日露戦争に出征し、遼陽会戦中に戦死した。
しかし「日露戦争実記」に掲載されている遼陽会戦での戦死将校一覧や写真には佐川直諒 大尉の名は無く、沙河会戦を扱った第三十七編に記事が掲載されていた(出版元が情報を把握するのが遅れたから?)。その記事によると、開戦時は陸軍幼年学校附きで出征の選に漏れた直諒は自ら志願して補充隊の中隊長として出征したという。普段は乗馬と射的を好んだほか、生け花も嗜んでいたとのことである。