征露丸

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有名な胃腸薬「正露丸」と日露戦争との関係については、以下のようなことが知られている。

名前の由来

 日露戦争中に陸軍で腹痛予防薬として用いられ、「ロシアを征伐する」ということから「征露丸」と名付けられた。しかし第二次世界大戦後、この名称は良くないと言うことで現在のような「正露丸」という名称が一般的なったのだが、日本医薬品製造だけは「征露丸」の名称で販売している。

正露丸は約30種類!

 正露丸といえば大幸薬品の「ラッパのマークの正露丸」を思い浮かべる人が多い。しかし、他社からも「正露丸」が発売されている。その数約30種類。大幸薬品は「正露丸」を商標登録して独占使用権を主張して他社と争ったが、最高裁判所は「正露丸は普通名詞である」という判決を下した。ちなみに、普通は商標登録された名前を他社が使う事はできないのだが、「正露丸」はその例外となっている。

ラッパのマーク

 大幸薬品の「ラッパのマーク」は、日清戦争中に敵の銃弾を数発受けても死ぬまで進軍ラッパを吹き続けた木口小平の美談が元になっているといわれている。島根県の浜田護国神社にはラッパを吹く木口の銅像がある。

正露丸を広めた人々

 征露丸は明治36年に陸軍軍医学校の戸塚機知と白岩六郎の研究によって生み出された「クレオソート丸」という薬が元になっている。また「水沢市史」によると、水沢藩家老の養子で姫路第十師団軍医部長として従軍していた中目成一が、奉天会戦中に下痢に悩まされていた兵士達にクレオソート丸の服用を命じ、その効果を満州軍総司令部に意見具申したという。これが作戦会議で認められ、大山の命令によって全軍でクレオソート丸の服用が行われた。

正露丸の主成分「クレオソート」

 正露丸の主成分「クレオソート」は劇薬である。このクレオソートの発ガン性が問題となり、ある市民団体が厚生省に正露丸の販売停止を訴えたこともあった。大幸薬品などの販売元は安全であると主張している。

正露丸の様々な用法

 正露丸は胃腸薬として用いられる他、虫歯に詰めて歯痛を抑えるという使い方がある(痛みを抑えるだけであって、虫歯が治るわけではない)。ちなみにうちの母親は「正露丸は口内炎にも効くらしいよ」といって、すりつぶした正露丸を口内炎の患部に付けていた(何度もやっていたから一応痛みは治まっているようだが、効果は不明)。

約100年ぶりに自衛隊の装備品として復活

 日露戦争終結後に製造販売が民間業者に開放されたこともあり、1906年には日本軍は装備品としての配給を廃止した。2007年3月、大幸薬品の「セイロガン糖衣A」が防衛省の装備品として採用され、3月のネパール派遣で自衛隊員に配給されて約100年ぶりに装備品として復活した。