埼玉県内の城跡を調べているときに、Googleマップ上で「蕨城」の隣に見つけた「和楽備神社」。その名前の由来が気になって神社について調べてみたところ、意外なことに日露戦争関連の石碑などがあることが分かったので行ってみました。
敷地内の蕨城寄りの位置に並んで立っている石碑。地元有志によって建てられたものです。
「日清戦役凱旋記念碑」。揮毫者は第一軍司令官として出征した山県有朋。石碑の裏面には日清戦争に出征した蕨町民の名前が記されています。
「日露戦役記念碑」。揮毫者は第一軍司令官として出征した黒木為楨。こちらも石碑の裏面に日露戦争に出征した蕨町民の名前が記されています。
「忠魂碑」。揮毫者は近衛師団長として日露戦争に出征した浅田信興。浅田は川越藩出身で、同じく埼玉県内にある川口神社の石碑にも揮毫しています。石碑の裏面には西南戦争(浅田は城山の岩崎谷口方面攻撃を指揮)、日露戦争で戦死した蕨町民の名前が記されており、中には二〇三高地で戦死した方もいました。
和楽備神社の乃木希典像。
拡大写真。
境内にあった乃木希典像。それほど大きなものではありません。蕨町長らが乃木の精神を称えて昭和11年に小学校に建てた物のようです。翌年に神社に移設されました。日清・日露戦争の記念碑だけでなく、乃木の銅像まであったのが意外でした。
小山城に続き、戦国時代の城跡探しの過程で偶然見つけた日露戦争の史跡。探せば全国各地にこのような史跡がありそうですね。