建設的性格

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 秋山将軍の人物、性格を解剖すれば、いろいろの長所を発見することが出来る。これを大にしては世界的英傑ということも出来るし、またどんなに小さく観ようとしても、一個卓出した天才児であったことは違いがない。
 が、英傑といい天才児といっても、もとより神ではない、長所の一方には短所もある。それは已むを得ぬこととして、本書の目的は必ずしも無理押しに秋山将軍を英雄視して、偶像崇拝的に外形だけをただ麗しく纏めてしまうというのでないから、本編に於いて、可及的正確に「人間秋山」を解剖して見たいと思う。
 さて「人間秋山」「赤裸々の秋山」として将軍の面影を眼前に描いて見ると、懸値のない所がやっぱり、そこに偉大だった故将軍の正像が髣髴と浮かびだして来る。
 軍事評論家安井滄溟氏は、同郷人としての立場から、将軍の人物に就いてかつて左の如き批評を試みたことがあった。

 君は資性明敏にして豪放的なりき。才子にして豪傑なりき。機略縦横にして胆略ありき。一面は怜悧にして他の一面は頑剛なりき。君は能く松山人の長所を極度に発揮すると共に、松山人中稀に見るの性格を有したり。其明敏にして機略縦横の長所や、その豪放にして胆略あり、頑剛なる豪傑肌の処は寧ろ松山人の型に非ず、君が松山人として嶄然(ざんぜん)頭角を抜き、他県人に伍して優勝の地歩を占めし所以のもの、蓋し此の両性格を渾和統一せるを以てなり。

 右のうち評語の主なるものを拾ってみると、曰く明敏、曰く豪放、曰く機略縦横、曰く胆略、曰く怜悧、曰く頑剛。しかもこれらは秋山将軍の性質を把握したもので、恐らく将軍を知る多くの人々の異存なき所であろう。
 案んずるに明敏、機略胆略、怜悧、頑剛の性質を倶有すれば、その創造的機能は鋭く且つ密に、その実行的足跡は強く且つ大きく描き出されることになる。
 これをまた他の一面から観察すれば、由来武将の徳を律するに、智仁勇を以てするのは、和漢ともにその軌を一にしているところであるが、我が秋山将軍にあっては、いずれから見るもこの智仁勇の三徳を完全に具備した大人格であった。
 将軍が智将であることは余りに有名である。勇将であることも、既述され来つたいろいろの事例で想察される。たとえば、敵艦隊との交戦に先んじて、作戦を樹つるに当たり、口癖の如く「一挙撃滅」を豪語していた豪宕(ごうとう)な意気の如き、日清戦争中威海衛で決死隊に加わった如き、また幼時郷里の水泳場で規則違反の兵士に悍然(かんぜん)として制裁を加えた如き、悉(ことごと)くこれを実証するものでなければならぬ。
 次の逸話も余談的ではあるが将軍の剛勇と胆略を側面から語るものであろう。

 懸値 : = 掛け値
 安井滄溟 : 明治、大正期の軍事評論家。「陸海軍人物史論」「陸海軍人物史論」などの著作がある。
 怜悧 : 賢いこと、利口なこと。
 嶄然 : 一段高くぬきんでているさま。ひときわ目立つさま。
 伍して : 他と同等の位置に並ぶ、肩を並べる。
 豪宕 : 気持ちが大きく、細かいことにこだわらない。豪放。
 悍然 : 荒々しく、猛々しいさま。